「抱っこを嫌がって泣く」「掃除機の音に怯えて耳をふさぐ」「服の素材にこだわりが強い」――こうしたお子さまの様子に、戸惑いや不安を感じている親御さんは少なくないのではないでしょうか。それは単なる「わがまま」や「気分屋」ではなく、お子さまが持つ感覚の特性によるものかもしれません。
本記事では、乳幼児期における感覚過敏・感覚鈍麻について、その仕組みから具体的な対応方法まで、専門的な知識と実践的なアドバイスをお届けします。お子さまの「見えない困りごと」を理解し、日々の生活をより快適にするための一助となれば幸いです。
感覚過敏・感覚鈍麻とは何か
感覚の仕組みと個人差
私たち人間は、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚という五感に加えて、身体の動きやバランスを感じ取る前庭覚、そして筋肉や関節の位置を感じる固有受容覚という、合わせて7つの感覚システムを持っています。これらの感覚は常に脳に情報を送り続けており、脳がその膨大な情報を整理・統合することで、私たちは適切に環境に反応することができるのです。この一連のプロセスを専門用語で「感覚統合」と呼びます。
人間が持つ7つの感覚システム
しかし、この感覚の受け取り方や処理の仕方には、生まれつき大きな個人差が存在します。同じ刺激を受けても、ある子どもにとっては心地よく感じられるものが、別の子どもにとっては耐えがたい苦痛や恐怖の対象になることがあります。これは決して本人の努力不足や親の育て方の問題ではなく、脳の情報処理の仕方における生まれ持った特性なのです。
感覚過敏とは
感覚過敏とは、多くの人が気にならない程度の刺激を、過剰に強く、そして不快に感じてしまう状態を指します。例えば、音量50で流れているテレビの音が、感覚過敏のあるお子さまには音量80や90に聞こえているような状態だとイメージすると分かりやすいでしょう。脳の中で刺激を調整する「音量ボリューム」が、生まれつき高めに設定されているような状態です。
感覚過敏を持つお子さまは、日常的な刺激である音、光、触感などに過度に反応します。重要なのは、これが本人にとって実際に苦痛や恐怖を感じている状態だということです。「慣れれば大丈夫」「我慢すればできる」という問題ではありません。また、一つの感覚だけでなく、複数の感覚に過敏性がある場合も多く見られます。
感覚鈍麻とは
一方、感覚鈍麻とは、刺激に対する反応が鈍く、通常なら気づくべき刺激に気づきにくい、または全く気にならないという状態を指します。熱いものに触れても熱さを感じにくかったり、痛みに鈍感で怪我をしても気づかなかったり、大きな音がしても全く反応しなかったりといった様子が見られます。
感覚鈍麻があると、痛み、温度、音などの刺激への反応が少なくなります。そのため、危険を察知しにくく、怪我のリスクが高まることもあります。また、より強い刺激を求めて物を叩いたり、大声を出したりする行動が見られることもあります。周囲の変化に気づきにくいため、名前を呼ばれても反応しない、指示が通りにくいといった様子が現れることもあるでしょう。
感覚過敏・鈍麻と発達障害の関係
感覚過敏や感覚鈍麻は、現在では発達障害の診断基準の一つとして認識されています。特に自閉スペクトラム症のお子さまには、何らかの感覚特性が見られることが多いとされており、研究においてもその関連性が確認されています。
ただし、ここで強調しておきたいのは、感覚過敏があるからといって必ずしも発達障害があるわけではないということです。感覚の敏感さは、生まれ持った気質や個性の一部である場合も多くあります。実際、小児医学の研究によると、3歳くらいまでは感覚過敏が一時的に増えることが多く、その後は脳が成長して感覚情報をうまく処理できるようになるにつれて、少しずつ慣れていくケースが大半だとされています。
感覚の敏感さは、実は遺伝の影響も大きく受けています。「この子は誰に似たんだろう」と思うことがあるかもしれませんが、研究でも親子の間で感覚特性がよく似ていることがわかっています。また、生まれつきの気質とも深い関係があり、慎重なタイプのお子さまは新しい刺激に敏感に反応しやすかったり、様子見派のお子さまは感覚過敏を示すことが多かったり、感情表現が豊かなお子さまは感覚入力に対しても強く反応する傾向があったりします。
月齢・年齢別の感覚特性の現れ方
年齢別の感覚特性の現れ方
新生児期〜1歳未満
抱っこを嫌がる、音に怯える、目が合いにくいなど、泣く・身体を反らすといった行動でサインを示します。
1歳〜1歳11ヶ月
お風呂・歯磨き・爪切りを拒否、偏食、砂遊びができないなど、感覚特性がより明確に現れます。
2歳〜3歳
強いこだわり、服や食べ物への執着、集団生活での困難など、言葉での意思表示ができるようになります。
0歳における感覚特性のサイン
乳児期は、感覚過敏や鈍麻のサインが最も見えにくい時期です。赤ちゃんは言葉で訴えることができないため、泣く、身体を反らす、固まるといった行動でしか不快感を表現できません。しかし、注意深く観察することで、いくつかの特徴的な様子に気づくことができます。
触覚に関しては、抱っこをすると身体を反らして嫌がる様子が典型的なサインです。おむつ替えや着替えを極端に嫌がり、激しく泣くこともあります。また、肌に触れる衣服の素材に非常に敏感で、特定の服しか着られないという様子も見られます。逆に、触られても反応が薄かったり、痛みに鈍感な様子が見られたりする場合は、感覚鈍麻の可能性があります。
聴覚の面では、掃除機、ドライヤー、テレビの音に異常に怯える様子が特徴的です。小さな物音でもすぐに目が覚めてしまい、なかなか眠れないというお子さまもいます。反対に、名前を呼んでも反応が薄かったり、大きな音がしても驚かなかったりする場合は、聴覚の鈍麻が考えられます。
視覚に関しては、明るい場所を嫌がり、暗い場所を好むといった様子が見られることがあります。また、乳幼児は通常、生まれながらに人の顔を好む傾向にあり、生後早い段階で人と視線を合わせるようになるのが一般的ですが、感覚特性のあるお子さまの場合、人の顔より耳や周囲の背景に興味を示すことがあります。目が合いにくい、視線が定まらないといった様子も見られることがあるでしょう。
さらに、通常であれば人見知りが始まる時期に、誰にでも抱っこされることを嫌がらなかったり、母親と他人の区別がつきにくい様子が見られたりする場合もあります。これは感覚鈍麻による愛着形成の特異性を示している可能性があります。
1歳における感覚特性の現れ方
1歳になると、感覚特性がより明確に現れてきます。お子さまは少しずつ自分の意思を持ち始めますが、まだ言葉での訴えは難しいため、泣く、暴れる、固まるといった行動で不快感を表現します。
日常生活の中で最も目立つのが、お風呂やシャワーを極端に嫌がる様子です。水の感触、音、温度など、複数の感覚刺激が一度に押し寄せるお風呂は、感覚過敏のあるお子さまにとって非常に苦痛な場所となります。また、歯磨き、爪切り、耳掃除、髪を切ることへの強い拒否反応も、この時期に顕著になってきます。
手が汚れることを極度に嫌がり、砂場遊びができないというお子さまも少なくありません。食事の面では、特定の食感の食べ物しか受け付けない偏食が始まることもあります。これは単なる好き嫌いではなく、食感や味覚の過敏性による生理的な拒否反応である場合が多いのです。
運動面では、ハイハイや歩行の開始が遅かったり、段差や不安定な場所を極度に怖がったりする様子が見られることがあります。これは前庭覚の過敏性によるものです。逆に、感覚鈍麻のあるお子さまは、高いところから飛び降りるなど、危険な行動が多くなることもあります。
社会性の面では、人の多い場所や騒がしい場所でパニックになったり、初めての場所や状況への適応に時間がかかったりする様子が見られます。これらは複数の感覚刺激が同時に押し寄せることによる、感覚的なオーバーロード状態です。
2歳〜3歳における感覚特性の発達
言葉が出始めるこの時期は、感覚特性による困りごとが増える一方で、「これがイヤ」という意思表示ができるようになってきます。お子さまの訴えに耳を傾けることで、何が苦手なのかが少しずつ見えてくるでしょう。
この時期に特徴的なのが、強いこだわり行動の出現です。決まった順序、決まった場所、決まったやり方へのこだわりは、予測可能な環境を作ることで感覚的な不安を減らそうとする適応行動でもあります。服の色、デザイン、素材への強いこだわりや、食べ物の色、形、配置へのこだわりも、感覚過敏と深く関連しています。
また、くるくる回る、ジャンプを繰り返すなどの常同行動が見られることもあります。これは感覚探求行動と呼ばれ、特定の感覚刺激を求める行動です。物を叩く、投げる、口に入れるといった行動も、感覚を確認しようとする探索行動の一種と考えられます。音を立てることや光るものへの強い興味も、この時期に顕著になることがあります。
コミュニケーションの面では、言葉の理解や発語の遅れが気になり始める時期でもあります。指示が通りにくかったり、癇癪やパニックの頻度が増えたりすることもあるでしょう。これらは、感覚的な不快感を言葉で表現できないもどかしさから来ている場合も多いのです。
集団生活が始まると、さらに困難が明確になってきます。保育園や幼稚園での活動に参加しにくかったり、他の子どもとの関わりを避けたりする様子が見られることがあります。音楽会や運動会などの行事は、複数の強い刺激が同時に発生するため、極度に嫌がることも少なくありません。
五感別の感覚過敏・鈍麻の具体例
視覚の過敏性と鈍麻
視覚過敏のあるお子さまは、蛍光灯や太陽光を眩しがり、目を細めたり顔を背けたりします。白い紙や真っ白な壁を嫌がることもあり、これは光の反射が強すぎるためです。人混みや装飾の多い場所では、視覚情報が多すぎて混乱してしまうこともあります。特定の色を極端に嫌がったり、逆に特定の色ばかりを好んだりする様子も見られます。光の点滅に不快感を示し、デパートやスーパーの照明を嫌がることもあるでしょう。
一方、視覚鈍麻のあるお子さまは、暗い場所でも平気で行動できます。色の区別がつきにくい様子が見られたり、物にぶつかりやすかったりすることもあります。光るものを至近距離で見続けるなど、より強い視覚刺激を求める行動が見られることもあります。
日常生活での工夫としては、まずカーテンで光量を調整することが基本です。サングラスや帽子を活用して外出時の光を和らげたり、部屋の装飾をシンプルにして視覚情報を減らしたりすることも効果的です。照明を間接照明や暖色系に変えることで、柔らかい光環境を作ることができます。白いものには色付きのカバーをかけるだけでも、お子さまの不快感を軽減できることがあります。
聴覚の過敏性と鈍麻
聴覚過敏は、感覚過敏の中でも特に多く見られる特性です。掃除機、ドライヤー、ミキサーなどの日常的な生活音に怯え、パニックになることもあります。車のクラクションや救急車のサイレンで耳をふさぐ様子も典型的なサインです。人の多い場所では、様々な会話が混ざり合って混乱して聞こえるため、非常に疲れやすくなります。小さな物音にも敏感に反応し、驚いてしまうことも少なくありません。特定の音、例えば赤ちゃんの泣き声や犬の吠え声などを極端に嫌うお子さまもいます。
聴覚鈍麻のあるお子さまは、名前を呼んでも反応しなかったり、テレビの音量を異常に大きくしたりします。痛みの訴えが少なく、耳の炎症などにも気づきにくいこともあります。大きな音を立てることを好み、物を叩いたり落としたりする行動が見られることもあるでしょう。
日常生活での工夫として、イヤーマフやノイズキャンセリングイヤホンの活用は非常に効果的です。掃除機はお子さまが別の部屋にいるとき、または外出中に使うようにすると良いでしょう。音の出る家電を使う前に「今から音が出るよ」と予告することで、お子さまが心の準備をすることができます。静かな環境を確保する時間を意識的に作り、BGMや複数の音源を同時に流さないようにすることも大切です。
触覚の過敏性と鈍麻
触覚過敏は、日常生活に最も影響を与える感覚特性の一つです。特定の素材の服を着ることを拒否し、タグや縫い目、ウール素材などに強い不快感を示します。靴下や靴を極端に嫌がり、一日中裸足で過ごしたがるお子さまも少なくありません。抱っこやスキンシップを嫌がったり、手を繋ぐことを拒んだりする様子は、親御さんにとって辛く感じられることもあるでしょう。
髪や身体を触られることへの強い拒否反応も見られます。特に歯磨き、爪切り、髪を切ることは、本人にとって苦痛を伴う行為であり、激しいパニックを起こすこともあります。砂、泥、粘土、絵の具などで手が汚れることを極度に嫌がるため、幼稚園や保育園での活動に参加できないこともあるでしょう。
触覚鈍麻のあるお子さまは、痛みや温度を感じにくく、怪我をしても気づかないことがあります。強く抱きしめられることを求めたり、物や壁に頭をぶつけたり、自分の身体を叩いたり噛んだりする行動が見られることもあります。
日常生活での工夫として、タグレスや縫い目の少ない服を選ぶことが基本です。柔らかい素材の服、ゆったりした服を用意することで、お子さまの不快感を大きく減らすことができます。室内では裸足で過ごすことを許可し、無理に靴下を履かせないことも一つの方法です。スキンシップは本人のペースで、軽いタッチから始めていきましょう。歯磨きは柔らかいブラシで短時間から始め、少しずつ慣れていくことが大切です。着替えの際は温度差に配慮し、声かけをしながらゆっくり進めることで、お子さまの不安を軽減できます。
味覚・嗅覚の過敏性と鈍麻
味覚や嗅覚の過敏性は、極端な偏食という形で現れることが多くあります。白いご飯とふりかけだけ、特定のメーカーの食品だけといった、非常に限定的な食事しか受け付けないお子さまもいます。これは単なる好き嫌いではなく、食感、味、香りなどの感覚刺激が過剰に感じられるための生理的な拒否反応なのです。
食べ物の匂いで吐き気を催したり、食事の場所や人の匂いに敏感に反応したりすることもあります。料理中の匂いを嫌がり、キッチンに近づかないお子さまもいるでしょう。お子さまにとって、食卓は楽しい場所ではなく、苦痛な場所になってしまっていることもあるのです。
味覚・嗅覚鈍麻のあるお子さまは、腐った食べ物を食べてしまったり、味の濃いもの、刺激の強いものばかりを好んだりします。物を口に入れて確かめる行動が多く見られることもあります。
日常生活での工夫として、最も大切なのは無理に食べさせないことです。感覚過敏による偏食は、本人にとって実際に苦痛を伴うものです。食べられるものの種類を少しずつ増やしていく長期的な視点が必要です。食材を小さく刻んだり、すり潰したりして形状を変えることで食べられるようになることもあります。同じ栄養素を含む別の食品で代用することも検討しましょう。食事の環境を整え、静かな場所で落ち着いた雰囲気を作ることも効果的です。調理の匂いが届きにくい配慮として、換気を良くしたり、食事の時間と調理の時間を分けたりすることも考えられます。
感覚過敏・鈍麻への具体的な対応方法
基本的な関わり方の原則
お子さまの感覚特性への対応を考える際、最も重要な原則があります。それは、お子さまの感覚特性が、わがままでも甘えでもないということを深く理解することです。本人にとっては実際に苦痛や不快感があり、「がんばれば慣れる」「我慢が足りない」という考え方は、お子さまをさらに追い詰めてしまいます。
まずは「この子にはこういう感じ方がある」と理解し、その特性を受け入れることが第一歩です。受容とは諦めることではなく、お子さまの現在の状態を正しく認識し、そこから最適な支援を考えていくということです。
環境調整は、感覚過敏のあるお子さまへの最も効果的な支援です。感覚過敏のあるお子さまにとって、環境そのものが過剰な刺激の連続となっています。刺激を減らし、お子さまが安心できる環境を整えることで、お子さまの日常生活は大きく改善します。照明の調整として間接照明や調光可能な照明を活用したり、音の管理として静かな時間帯を確保しBGMを減らしたり、触感への配慮として柔らかい素材や肌触りの良い寝具を選んだり、視覚的なシンプルさとして装飾を減らし整理整頓したり、匂いの管理として強い香りの洗剤や柔軟剤を避けたりすることが具体的な方法です。
予測可能性の提供も非常に重要です。感覚過敏のあるお子さまは、予測できない刺激に特に敏感です。事前に「これから○○をするよ」と伝えることで、お子さまが心の準備をすることができ、パニックを防ぐことができます。「今から掃除機をかけるから、お部屋を出ようね」「お風呂に入る時間だよ。シャワーの音がするけど大丈夫」「お医者さんに行くよ。ちょっとドキドキするかもしれないね」といった具体的な予告が効果的です。
選択肢を提供することで、お子さま自身がコントロール感を持つことができます。無理強いはせず、お子さま自身が選べる状況を作りましょう。「この服とこの服、どっちがいい?」「お風呂に入る?それとも後にする?」「音楽消す?小さくする?」といった選択肢を示すことで、お子さまは自分の感覚を大切にしてもらえていると感じることができます。
小さな成功体験を積み重ねることも大切です。少しずつ、本人のペースで経験を広げていきます。無理をさせるのではなく、「できた!」という達成感を大切にしましょう。一度に大きな変化を求めるのではなく、小さな一歩を着実に進めていくことが、長期的には最も効果的なアプローチです。
0歳児への対応の実際
授乳やミルクの時間は、親子の大切なコミュニケーションの時間ですが、感覚過敏のあるお子さまにとっては刺激の多い時間でもあります。静かで薄暗い環境で授乳することで、視覚や聴覚への刺激を減らすことができます。抱っこが苦手な場合は、クッションやタオルで身体を支え、お子さまが安心できる姿勢を見つけましょう。哺乳瓶の乳首の素材や形状を変えてみたり、授乳姿勢を横抱きや縦抱きなど工夫したりすることも効果的です。
睡眠に関しては、寝室の照明を調整し、暗すぎず明るすぎない環境を作ることが基本です。音に敏感な場合はホワイトノイズを活用することで、小さな物音をマスキングすることができます。寝具は柔らかく肌触りの良いものを選び、おくるみで適度な圧迫感を与えることで安心感を提供できます。
お風呂の時間は多くの感覚過敏のあるお子さまが苦手とする時間です。お湯の温度は38〜39度と低めに設定し、シャワーではなく手桶で優しくかけるようにします。顔にお湯がかからないよう注意し、短時間で済ませることを心がけましょう。お風呂用のおもちゃで気を紛らわせることも一つの方法です。
1歳児への対応の実際
食事の時間は、同じ食器、同じ場所で食べることで安心感を提供できます。一口サイズに小さく切り、複数の食材を混ぜずに提供することで、お子さまが食べ物を認識しやすくなります。食べられるものを確実に用意し、新しい食材を試すのは少しずつにしましょう。食事時間は短めにし、お子さまの集中力が続く範囲内で切り上げることも大切です。
外出する際は、人の少ない時間帯を選ぶことから始めましょう。短時間の外出から慣れていき、徐々に時間を延ばしていきます。お気に入りのおもちゃやタオルを持参することで、外出先でも安心感を持つことができます。イヤーマフを準備しておくと、突然の大きな音にも対応できます。抱っこ紐やベビーカーなど、複数の選択肢を持っておくことも重要です。
遊びの時間では、一人遊びの時間を尊重することが大切です。刺激の少ない遊びとして、積み木やぬいぐるみなどを用意しましょう。水、砂、粘土などの感覚遊びは無理強いせず、お子さまが興味を示したときに、本人のペースで楽しめるようにします。
2〜3歳児への対応の実際
着替えの時間は、本人が選んだ服を着ることから始めます。タグやネームは全て切り取り、ゆったりしたサイズを選ぶことで触覚への刺激を減らします。着替えの手順を一定にすることで予測可能性が高まり、お子さまの不安が軽減されます。急がせず、時間に余裕を持って着替えを進めることが大切です。
歯磨きは、最初は歯ブラシに慣れることから始めましょう。電動歯ブラシの振動が苦手な場合は使わず、手動の柔らかいブラシを使用します。歌を歌いながら短時間で済ませ、味のする歯磨き粉は避けることをお勧めします。できたら思い切り褒めることで、次回への動機づけにつながります。
集団生活が始まる時期には、事前に保育園や幼稚園を見学し、環境に慣れさせることが重要です。先生にはお子さまの感覚特性を詳しく伝え、理解と協力を求めましょう。無理な参加はさせず、お子さまが落ち着ける場所を確保してもらうことも大切です。行事への参加は段階的に進め、家では安心できる時間を十分に確保することで、お子さまの心理的な負担を軽減できます。
家庭でできる感覚統合を促す遊び
感覚統合とは、脳が複数の感覚情報を整理・統合し、適切な行動につなげる能力のことです。この能力は生まれつき備わっていますが、適切な遊びを通じて育てることができます。ここでは、家庭で楽しく取り組める感覚統合遊びをご紹介します。
触覚を育てる遊びの工夫
タオル遊びは、最も手軽に始められる触覚遊びです。柔らかいタオルで身体を優しく包んだり、タオルで「いないいないばあ」をしたり、タオルを引っ張り合いっこしたりすることで、様々な触覚刺激を楽しく体験できます。お子さまが嫌がらない範囲で、軽いタッチから始めていくことが大切です。
ボール遊びも効果的です。柔らかいボールを転がしたり投げたりすることで、触覚だけでなく視覚や運動感覚も同時に刺激されます。様々な大きさや素材のボールに触れることで、触覚の幅が広がります。ボールプールで遊ぶのも良いですが、これは感覚に慣れてからにしましょう。
お水遊びは、多くのお子さまが楽しめる感覚遊びです。お風呂でコップの水を注いだり、水の感触に少しずつ慣れたりすることから始めます。水遊び用のおもちゃで気を紛らわせながら、徐々に水への抵抗感を減らしていきます。
前庭覚を育てる遊びの実践
前庭覚は、身体の動きやバランスを感じる感覚です。ゆらゆら遊びとして、抱っこで優しく揺らすことから始めましょう。バランスボールに座って揺れたり、ブランコを短時間使ったりすることも効果的ですが、お子さまが怖がる場合は無理をしないことが大切です。
回転遊びは、大人の手を持ってゆっくり回ることから始めます。回転椅子でゆっくり回ることもできますが、目が回らない程度にとどめることが重要です。前庭覚への刺激は強すぎると不快感を引き起こすため、お子さまの反応を見ながら慎重に進めましょう。
固有受容覚を育てる遊びのアイデア
固有受容覚は、筋肉や関節の位置を感じる感覚です。押す・引く遊びとして、段ボール箱を押したり、引っ張るおもちゃで遊んだり、壁押し競争をしたりすることが効果的です。これらの活動は、自分の身体がどこにあるか、どのくらいの力を使っているかを感じる練習になります。
ジャンプ遊びも、固有受容覚を育てる良い機会です。クッションの上でジャンプしたり、大人の膝の上で上下運動したり、安全に配慮しながらトランポリンを使ったりすることができます。ジャンプすることで、重力や身体の位置を強く感じることができます。
遊びを進める際の大切な心構え
これらの遊びを実践する際には、いくつかの重要な注意点があります。最も大切なのは、無理強いしないことです。お子さまが嫌がる遊びは即座に中止しましょう。短時間から始め、最初は5〜10分程度を目安にします。本人のペースを尊重し、お子さまのリードに従うことが大切です。
楽しさを優先することも忘れてはいけません。遊びは治療ではなく、お子さまが楽しむためのものです。「これをやらせなければ」という義務感ではなく、一緒に楽しむという姿勢が、お子さまの自発的な参加を促します。そして、安全は何よりも優先されるべきことです。必ず大人が付き添い、危険のないように環境を整えましょう。
専門的支援を検討するタイミング
相談を考えるべきサインの理解
お子さまの感覚特性が日常生活に大きな支障をきたしている場合は、専門機関への相談を検討する時期かもしれません。食事がほとんど取れず極端な偏食のため栄養状態が心配な場合や、睡眠が著しく困難で家族全体の生活に影響が出ている場合、外出がほとんどできず社会との接点が持てない場合、保育園や幼稚園への通園が難しく集団生活が成立しない場合などは、専門家の助言を求める良いタイミングです。
発達面での心配がある場合も、早めの相談が効果的です。言葉の遅れが顕著であったり、人との関わりが極端に少なかったり、目が合いにくかったり、強いこだわり行動が複数見られたりする場合は、感覚特性だけでなく、発達全般についての評価を受けることをお勧めします。
本人やご家族の困難さも、相談の重要な判断基準です。お子さまが常に不安そうだったり怯えていたりする様子が続く場合、癇癪やパニックが頻繁で日常生活が成り立たない場合、親御さんの育児ストレスが限界に近い場合、きょうだいへの影響が大きく家族関係に問題が生じている場合などは、一人で抱え込まずに専門家の力を借りることを検討しましょう。
相談できる場所と選び方
公的機関として、まず保健センターや子育て支援センターがあります。ここでは、乳幼児の発達に関する相談を無料で受けることができます。児童相談所では、より専門的な相談や必要に応じた支援の紹介を受けられます。各自治体にある発達相談窓口や療育センターでは、発達に関する専門的な評価や療育サービスの案内を受けることができます。
医療機関では、小児科の発達外来、小児神経科、児童精神科などで、医学的な評価や診断を受けることができます。必要に応じて、作業療法士による感覚統合療法などの専門的なリハビリテーションを受けることも可能です。
療育施設としては、児童発達支援事業所があります。ここでは、お子さまの発達段階や特性に応じた個別の支援を受けることができます。特に作業療法を行う施設では、感覚統合に特化した専門的な支援を受けられることもあります。
相談する際の準備と心構え
相談に行く際は、いくつかの情報を整理しておくとスムーズです。いつ頃からどんな様子が見られるのか、具体的な時期とエピソードをメモしておきましょう。どんな状況で困りごとが起きるのか、場所や時間帯、状況などを記録しておくと良いでしょう。家庭で試した対応とその結果についても、効果があったこと、なかったことを整理しておきます。保育園や幼稚園での様子も、可能であれば先生から聞いた情報をまとめておくと参考になります。家族の困り感の度合いについても、率直に伝えることが大切です。
相談することは、決して恥ずかしいことでも、親としての責任を放棄することでもありません。むしろ、お子さまのために最善を尽くそうとする、前向きな行動です。専門家は、あなたとお子さまの味方です。安心して相談してください。
親御さん自身のケアも大切に
自分を責めないでほしい
感覚過敏や感覚鈍麻は、育て方や環境のせいではありません。これは脳の情報処理の仕方における生まれ持った特性であり、誰のせいでもないのです。「私の育て方が悪かったのでは」「妊娠中に何か間違ったことをしたのでは」「もっと早く気づいていれば」と自分を責める親御さんは少なくありません。しかし、そのような自責の念は必要ありません。
今、この記事を読んでいるあなたは、お子さまのために情報を集め、理解しようと努力しています。それだけで、あなたはすでに十分に良い親御さんです。完璧な親など存在しません。大切なのは、お子さまの特性を理解し、寄り添おうとする姿勢です。
周囲の理解を求める勇気を持つ
「抱っこを嫌がる」「食べられるものが少ない」「大きな音で泣く」といったお子さまの様子は、周囲の人から誤解されやすいものです。「甘やかしている」「しつけができていない」といった心ない言葉を受けることもあるかもしれません。
しかし、お子さまの感覚特性について、身近な人には説明し、理解と協力を求めて良いのです。パートナー、祖父母、保育士など、お子さまに関わる人たちに、感覚過敏や鈍麻について伝え、どのような配慮が必要かを具体的に説明しましょう。一人で抱え込む必要はありません。周囲の理解があれば、育児の負担は大きく軽減されます。
休息を取ることの重要性
育児は24時間365日続く仕事です。特に感覚特性のあるお子さまの育児は、常に細やかな配慮が必要で、気を遣うことが多く、疲労が蓄積しやすいものです。しかし、親御さん自身が疲弊してしまっては、お子さまを支えることができません。
一時保育やファミリーサポートを利用して、自分だけの時間を持つことも大切です。パートナーや家族と役割分担をし、一人で全てを背負わないようにしましょう。専門家のサポートを受けることで、育児の負担を分散することもできます。適度に休息を取り、自分自身をケアすることは、お子さまのためでもあるのです。
同じ経験を持つ親とのつながり
同じような感覚特性を持つお子さまを育てている親御さんとつながることで、「自分だけじゃない」という安心感が得られます。地域の親の会に参加したり、オンラインコミュニティに参加したり、療育施設での保護者交流に参加したりすることで、似た経験を持つ仲間と出会うことができます。
そこでは、具体的な対応方法の情報交換だけでなく、気持ちを共有することができます。「うちの子も同じだよ」という言葉は、時に専門家のアドバイス以上に心の支えとなることがあります。孤独を感じないでください。あなたと同じように悩み、工夫しながら子育てをしている親御さんは、たくさんいます。
まとめ:お子さまの「感じ方」を尊重する子育て
乳幼児期の感覚過敏や感覚鈍麻は、早期に気づき、適切な配慮をすることで、お子さまの生活を大きく改善することができます。この記事では、感覚特性の基本的な理解から、年齢別の現れ方、五感別の具体例、そして日常生活での実践的な対応方法までをお伝えしてきました。
感覚過敏や感覚鈍麻は、脳の個性であり、育て方のせいではありません。0歳から3歳という時期は、感覚特性に気づき、適切な環境調整を始める重要な時期です。無理に慣れさせようとするよりも、刺激を減らし、安心できる環境を整えることが最優先です。そして、小さな成功を積み重ね、本人のペースで少しずつ経験を広げていくことが大切です。困ったときは専門家の力を借り、一人で抱え込まないことも重要です。
感覚過敏や鈍麻があっても、適切な理解と配慮があれば、お子さまは安心して成長していくことができます。大切なのは、お子さまの「感じ方」を否定せず、その特性を尊重しながら、できることを一緒に見つけていく姿勢です。
「みんなと同じ」を目指す必要はありません。お子さまが「自分らしく」安心して過ごせる環境を、少しずつ整えていきましょう。完璧を求めず、今日できることを一つずつ実践していくことで、お子さまとの日々は確実に穏やかになっていきます。
そして親御さん自身も、完璧な親を目指す必要はありません。自分を大切にしながら、お子さまと一緒に歩んでいってください。あなたとお子さまの日々が、少しでも穏やかで笑顔の多いものになりますように。そして、この記事が、その一助となれば、これほど嬉しいことはありません。
チェックリスト:うちの子の感覚特性を知ろう
お子さまの様子を振り返りながら、以下の項目をチェックしてみてください。多くの項目に当てはまる場合は、感覚過敏または鈍麻の可能性があります。
触覚のチェック
感覚過敏
□ 特定の服の素材を極端に嫌がる
□ 服のタグや縫い目を気にする
□ 抱っこやスキンシップを嫌がることが多い
□ 手が汚れることを極度に嫌う
□ 歯磨き、爪切り、散髪を激しく拒否する
感覚鈍麻
□ 痛みに鈍感で、怪我に気づきにくい
□ 強く抱きしめられることを好む
□ 物や壁に頭をぶつける
聴覚のチェック
感覚過敏
□ 掃除機やドライヤーの音を極端に怖がる
□ 騒がしい場所で耳をふさぐ
□ 小さな物音にも敏感に反応する
□ 人の多い場所を嫌がる
感覚鈍麻
□ 名前を呼んでも反応しないことが多い
□ 大きな音がしても驚かない
□ 自分で大きな音を立てることを好む
視覚のチェック
感覚過敏
□ 明るい場所を嫌がり、目を細める
□ 蛍光灯の下を嫌がる
□ 特定の色を極端に嫌む、または好む
□ 人混みを極度に嫌がる
感覚鈍麻
□ 暗い場所でも平気で行動する
□ 物にぶつかりやすい
味覚・嗅覚のチェック
感覚過敏
□ 極端な偏食(特定のものしか食べない)
□ 食べ物の匂いで吐き気を示す
□ 料理中の匂いを嫌がる
感覚鈍麻
□ 何でも口に入れてしまう
□ 味の濃いもの、刺激の強いものを好む
前庭覚・固有受容覚のチェック
感覚過敏
□ 揺れる遊具(ブランコなど)を怖がる
□ 高いところを極度に怖がる
□ 段差や不安定な場所を嫌がる
感覚鈍麻
□ 危険な高さから飛び降りる
□ ぐるぐる回り続ける
□ じっとしていられない、常に動いている
判定の目安
各カテゴリーで3つ以上当てはまる場合は、その感覚に特性がある可能性があります。複数のカテゴリーで当てはまる場合は、複数の感覚に特性がある可能性があります。日常生活に大きな支障がある場合は、専門機関への相談を検討されることをお勧めします。
※重要な注意事項
このチェックリストは診断ツールではありません。あくまでもお子さまの特性を理解するための参考としてご活用ください。気になる場合は、必ず専門家にご相談ください。
参考文献
主要参考書籍
- 太田篤志(監修)『感覚統合Q&A 改訂第2版』協同医書出版社、2014年
感覚統合療法の基礎理論から実践方法まで、Q&A形式でわかりやすく解説された専門書です。 - 加藤寿宏(監修)、高畑脩平・萩原広道・田中佳子・大久保めぐみ(編著)『発達が気になる子への感覚統合遊び』クリエイツかもがわ、2018年
家庭や保育・教育現場で実践できる具体的な遊びのアイデアが豊富に紹介されています。 - 岩永竜一郎『子どもの感覚運動機能の発達と支援 – 発達の科学と理論を支援に活かす』メジカルビュー社、2016年
感覚統合の理論的背景と発達段階に応じた支援方法が詳しく解説されています。
学術資料・研究論文
- 日本感覚統合学会『感覚統合とその実践』協同医書出版社
https://www.jasensoryintegration.jp/
日本における感覚統合療法の標準的な考え方と実践方法が示されています。 - 榊原洋一『子どもの発達障害 誤診の危機』ポプラ社、2020年
発達障害の診断と感覚特性の関係について、第一人者による詳細な解説があります。 - 東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース下山研究室『感覚過敏に困り感を持つ発達障害児・者への支援の現状と課題』2019年
感覚過敏を持つ子どもへの支援に関する最新の研究成果がまとめられています。
公的機関の資料
- 厚生労働省『発達障害者支援法』関連資料
https://www.mhlw.go.jp/
発達障害支援に関する法的枠組みと支援体制について確認できます。 - 文部科学省『特別支援教育について』
https://www.mext.go.jp/
教育現場における感覚特性への配慮に関する指針が示されています。 - 国立障害者リハビリテーションセンター『発達障害情報・支援センター』
https://www.rehab.go.jp/ddis/
発達障害全般の情報と地域の支援機関情報が掲載されています。
オンライン情報源
- LITALICO発達ナビ
https://h-navi.jp/
発達が気になる子どもの育児情報や専門家のコラムが充実しています。 - 国立成育医療研究センター
https://www.ncchd.go.jp/
小児医療の最新情報と子どもの発達に関する信頼できる医学情報が提供されています。 - 発達障害情報・支援センター(国立障害者リハビリテーションセンター運営)
http://www.rehab.go.jp/ddis/
全国の相談窓口情報や支援制度について詳しく掲載されています。
全国共通相談窓口
公的相談機関
発達障害者支援センター
各都道府県・政令指定都市に設置されている専門相談機関です。発達に関する相談、発達検査、療育機関の紹介などを行っています。お住まいの地域のセンターは、厚生労働省のウェブサイトから検索できます。
子ども家庭支援センター(子育て世代包括支援センター)
妊娠期から子育て期にわたる切れ目のない支援を提供する機関です。子育て全般の相談に対応しており、必要に応じて専門機関への紹介も行います。
保健所・保健センター
乳幼児健診や発達相談を実施しています。保健師や心理士による相談が無料で受けられます。1歳半健診、3歳児健診で気になることがあった場合の相談先としても最適です。
児童相談所
児童福祉に関する総合的な相談を受け付けています。発達に関する専門的な相談や、必要に応じて医療機関・療育機関への紹介を行います。全国共通ダイヤル:189(いちはやく)
医療機関
発達に関する相談は、まず小児科で受けることができます。特に発達外来を設けている小児科では、より専門的な評価を受けられます。必要に応じて、小児神経科や児童精神科への紹介も受けられます。
療育機関
児童発達支援事業所
0歳から小学校入学前の子どもを対象とした療育サービスを提供しています。作業療法士、理学療法士、言語聴覚士などの専門職による支援が受けられます。
本記事は2025年10月時点の情報に基づいて作成されています。お子さまの状態に不安がある場合は、必ず医療機関や専門機関にご相談ください。一人で悩まず、適切な支援につながっていただくことを心より願っています。
